第2回標的型攻撃メール訓練

EZ-net@IT研究所 | 発行日:2026年9月 | カテゴリ:サイバーセキュリティ
標的型攻撃メール訓練 ・ データ分析
クリック率ゼロ
第2回 標的型攻撃メール訓練で見えた3つのポイント
同じ企業・同じ「予告なし」・同じ擬似的な攻撃メール。4カ月後、クリック率はゼロになりました。
このデータから何が読み取れるのか――そして、なぜ今こそ気を緩めてはいけないのか。データを分解しながら見ていきます。
2026年9月 ・ EZ-net@IT研究所

こんにちは。EZ-net@IT研究所です。

今年5月、本コラムでとある日系企業の「第1回 標的型攻撃メール訓練」の結果をご紹介しました。開封率 47.4%、本文中のURLをクリックした割合 10.5%。決して小さくない数字でした。あの記事のあと、お客さまから同じご質問をいただきました。

「訓練は、1回だけで本当に効果があるのでしょうか」

その答えを確かめるため、4カ月後の8月、当研究所は同じ企業で第2回の訓練を実施しました。対象は全従業員、事前の予告はなし、言語は中国語、判定方法も第1回と同じ「メール本文にURLを挿入し、クリックしたユーザーを判別する」形式です。

結果は、クリック率 10.5% → 0.0% でした。

これは偶然の産物ではありません。この4カ月で何が起きたのか。そして、なぜ今こそ気を緩めてはいけないのか。データを分解しながら見ていきます。
目次

1. 第2回訓練の結果:クリック率はゼロに

第2回の訓練は2026年8月17日(月)11:30に配信し、集計期間は5日間(8/17~8/21)でした。対象は全従業員、言語は中国語、形式は「メール本文にURLを挿入し、クリックしたユーザーを判別する方式」です。

100%
訓練のカバー範囲(全従業員)
2回とも全員が対象
42.1%
第2回 開封率
第1回は 47.4%
0.0%
第2回 クリック率
第1回は 10.5%
項目第1回(2026年5月)第2回(2026年8月)
訓練対象全従業員(予告なし)全従業員(予告なし)
配信成功100%100%
開封率47.4%42.1%
クリック率10.5%0.0%
2回とも開封した従業員あり(2回ともクリックした者は0)
標的型攻撃メール訓練 2回の結果比較:クリック率 10.5% から 0% へ
図 1|2回の訓練結果の比較 —— 開封率 47.4% → 42.1%、クリック率 10.5% → 0.0%(破線は業界平均クリック率 約16%)
部門別の内訳
部門第1回 開封率第1回 クリック率第2回 開封率第2回 クリック率
管理・財務部門0.0%0.0%0.0%0.0%
技術開発部門36.4%9.1%36.4%0.0%
現場業務・現場管理部門71.4%14.3%57.1%0.0%

結論を一言で言えば、3つの部門すべてで、第2回のクリックはゼロでした。

2. 「ゼロ」より見るべき、3つのポイント

「0%」という数字だけを見て終わりにするのは惜しいところです。このゼロが「本物」かどうかは、次の3点で判断できます。

ポイント①:開封率はほとんど下がっていないのに、クリック率だけがゼロになりました。
47.4%→42.1%と、差はわずか約5ポイントです。一方でクリック率は10.5%から0.0%へ。つまり、従業員の行動が変わった結果です。業務上メールはきちんと開く。しかし、本文中のリンクを何も考えずに開くことはなくなりました。「見たら開く」から「見たら疑う」へ——教育のなかで最も難しく、最も価値のある一歩です。
ポイント②:第1回で引っかかった従業員は、第2回は守り切りました。
2回ともメールを開封した従業員は確かにいました。彼らは「免疫がある」人ではなく、業務としてメールをきちんと読んでいる人です。そして重要なのは、2回ともクリックした人が一人もいなかったこと。第1回でクリックしてしまった従業員は、第2回では全員が踏みとどまりました。
ポイント③:そもそも「10.5%」は、平均を大きく下回っていた。
弊社が把握している業界データでは、標的型攻撃メールに対する従業員の平均クリック率はおおむね16%前後です。この企業は第1回の10.5%の時点で、既に平均を大きく下回っていました。そこからさらに0%まで引き下げたことになります。
EZ-net@IT研究所の視点
「クリック率0%」は、「この会社の人はもともと警戒心が強い」と受け取られがちです。ところが実際には、第1回ではきちんと引っかかっています。違いを生んだのは、引っかかったあとに「罰する」のではなく「訓練する」道を選んだことです。

3. ゼロクリックを支えたもの:全員が修了した継続教育

訓練はあくまで「健康診断」です。数字を実際に動かしたのは、2回の訓練の間に挟んだ継続的なセキュリティ教育でした。この企業はプロジェクト期間中に eラーニング教材を導入し、対象者全員が受講を修了しています。

シリーズ教材名修了率満点率平均点数平均学習時間
情報セキュリティの精髓情報セキュリティの精髓(信息安全的精髓)100%47%93点1時間19分
楽しく学ぶ・情報セキュリティ情報セキュリティ基礎(信息安全基础)100%100%100点20分
同上情報セキュリティ対策~現場事故編~100%100%100点30分
同上情報セキュリティ対策~システム攻撃編~100%100%100点27分
同上情報セキュリティ対策~運用ルール編100%100%100点23分
同上情報セキュリティ対策~ネットワークセキュリティ編100%100%100点22分
同上情報セキュリティ事故案例~情報セキュリティ防衛戦~100%—(事例編は採点なし)23分
ポイントは「教材を配った」ことではなく、「全員が修了した」ことです。
修了率100%という数字は、この取り組みが経営層にとって「やらなければならないこと」であり、「余裕があればやること」ではなかったことを示しています。従業員一人あたりの学習時間は平均で半日に迫る水準(約3.7時間)。情報セキュリティ対策シリーズの5教材はすべて満点でした。

4. 技術より難しいこと:すぐに「言える」職場

数字以上に、この報告書で目を引いたのは従業員の行動です。

不審に思ったら、すぐに報告し、社内にも呼びかけた。
メールを開封した従業員の中に、内容を不審に感じ、ただちにIT管理会社へ報告すると同時に、社内のグループチャットで注意喚起を行った方がいました。「気のせいかもしれない」で終わらせず、共有すべき情報として扱っています。
クリックしてしまった従業員も、警告画面を見て隠さずに報告しました。
第1回でリンクをクリックした従業員は、クリック後に表示された警告画面を確認したうえで、叱られることを恐れて隠すことはせず、ただちにIT管理会社へ報告し、対応を相談しました。
第2回はクリックゼロ。それでも、不審メールの報告は続いた。
第2回では、クリックした人は一人もいませんでした。それでも、不審なメールを見つけた従業員が速やかにIT管理会社へ情報を共有しています。報告することが、既に習慣になっています。
なぜ「報告できる」ことが「引っかからない」ことより大切なのか

当研究所が実際に追ったインシデントでは、従業員が責任を恐れて隠したことが、損失を拡大させる起点になっていました。不審なメール1通を2時間隠すのと、すぐに共有するのとでは、企業が払う代償が10倍、場合によっては100倍違います。

この企業が見せた「すぐに報告し、社内で共有する」という文化は、それ自体が極めて水準の高い防御力です。これは製品として購入できるものではなく、日常的な信頼関係の中でしか育ちません。

5. 脅威は止まっていない:QRコード型フィッシング +146%、AIメール14倍

ここで、はっきりさせておきたいことがあります。今回の「0%」は通過点であって、安心材料ではありません。攻撃側の変化は、職場側よりずっと速いからです。

① QRコード型フィッシング(Quishing)が急増しています。
攻撃者はリンクを本文に直接書かず、QRコードの画像に埋め込みます。メールセキュリティの仕組みはテキストのリンクを検査できますが、画像の中のリンクは「見えません」。従業員が自分のスマートフォンで読み取れば、会社のPCにある防御のほとんどをすり抜けてしまいます。Microsoft の2026年第1四半期のデータでは、QRコード型フィッシングが1月の760万件から3月には1,870万件へと、四半期で146%増加しました。3月時点では約70%がPDFの添付ファイル経由で届いています。ESET の2026年上半期レポートでも、フィッシングメールの約11%にQRコードが使われ、過去最高を更新しました。
② AIによって「見破れない」が当たり前になりつつあります。
セキュリティベンダー Hoxhunt の集計では、メールのフィルタをすり抜けたAI生成のフィッシングメールが、前年同期比で14倍に増えました。文法的な不自然さや不自然な言い回しといった、従来の「見分ける手がかり」が消えつつあります。前回の記事で触れた「AIの武器化」が、ここへ来て数字に表れています。
③ 狙われるのは「パスワード」から「認証トークン」へ。
Travelers の2026年第2四半期サイバー脅威レポートでは、BEC(ビジネスメール詐欺)の請求件数が前年同期比で57%増となりました。攻撃者はパスワードそのものではなく認証トークンを狙う傾向を強めています。トークンを奪えれば多要素認証(MFA)をすり抜け、本人が気づかないうちに「正規のログイン」が成立してしまうためです。
④ 「見えない文字」まで悪用されています。
Microsoft は2026年9月、攻撃者が不可視のUnicode文字を使って 「funding」 のような機微語を分割し、キーワードフィルタをすり抜ける手法を公表しました。ピーク時の送信数は1日あたり237万通に達しています。
2026年、攻撃側に起きている4つの変化:QRコード型フィッシング +146%、AI生成フィッシングメール 14倍、BEC +57%、不可視Unicode文字 237万通/日
図 2|2026年、攻撃側に起きている4つの変化(出典:Microsoft / ESET / Hoxhunt / Travelers)
まとめると:今年の「ゼロクリック」は、2026年時点の手法で測った結果です。来年の攻撃者は、別の手法でやって来ます。セキュリティ教育に「卒業」はありません。
貴社の実際のクリック率は、どのくらいですか? リスクのない「訓練による健康診断」を →

6. 次の一手:訓練をもう一段「巧妙」に

2回の結果を踏まえ、当研究所はこの企業と次期の訓練設計を進めています。次の3点は、在中国の日系企業であればどこでも応用できる内容です。

方向 2
実画面に近いHTML形式へ
今回の2回は、いずれもテキスト形式のメールでした(比較的見破りやすい形式です)。次期は実際の画面に近いHTML形式の採用も選択肢に入ります。例えば「Microsoft 365 Security」の画面構成に似せた通知を用意すれば、従業員が日常的に目にする画面にずっと近づきます。
方向 3
訓練後のアンケートを実施
2回の訓練のあとにそれぞれアンケートを行えば、従業員の訓練前後での意識の変化や、率直な本音を把握しやすくなります(「自分は大丈夫」と考えている人がどの程度残っているかも含めて)。その後の対策の精度が上がるだけでなく、全従業員が「なぜ訓練をするのか」を理解し、会社のセキュリティ方針が浸透する効果も期待できます。
今日からできる3つのこと
  • ルールを見直す:銀行口座の変更や振込指示に関するメールは、必ず登録済みの番号に電話で確認する——メールに書かれた番号は絶対に使わない。
  • 習慣を見直す:メールに予期しないQRコードがあったら読み取らない。ログインが必要なときは、メールのリンクを経由せず、会社のURLを自分で入力する。
  • 文化を見直す:「不審なリンクをクリックしてしまった」を「恥ずかしいこと」から「すぐに伝えるべきこと」へ——まず報告、そのうえで対応。
推奨するセキュリティ意識のPDCAサイクル
STEP実施内容目的
1予告なしの抜き打ち訓練本当の弱点を把握する
2eラーニングによる学習知識を補う
3文面を変えて再訓練+アンケート「筋肉記憶」になったかを検証する

7. おわりに:ゼロは通過点

この報告書が示しているのは、ひと続きの変化の記録です。

  • 4カ月前、この企業では、訓練メールのリンクをクリックしてしまった従業員がいました。
  • その4カ月の間に、全員がセキュリティ教材を修了し、一人あたり半日に迫る時間を学習に充てました。
  • そして4カ月後、同じ人たちが、一人もリンクをクリックしませんでした

ファイアウォールやEDRといった技術的対策は、いわば「盾」です。その盾を扱うのは、ほかでもない従業員です。盾は製品として導入できますが、扱う側の人的対策は、訓練で鍛えるしかありません。

よくあるご質問 FAQ
Q1:訓練によって、従業員の抵抗感は出ませんか?
A:ポイントは位置づけです。訓練の目的は「人を捕まえること」ではなく「ワクチンを打つこと」です。本ケースでも、引っかかった従業員は警告画面を見た時点で自発的に報告し、対応に協力しました。抵抗感は出ていません。ルールを明確にする(処罰ではなく改善)ことで、協力度は大きく高まります。
Q2:規模の大きくない会社でも、標的型攻撃メール訓練は必要ですか?
A:必要です。リスクの高低は人数ではなく、「メール往来の頻度」と「扱う機微情報の量」で決まります。本ケースの企業も規模は大きくありませんが、メールでの業務処理が中心のため、定期的な訓練の価値があります。
Q3:eラーニングだけ実施して、訓練は行わない、という形でもよいですか?
A:不十分です。学習は「知っているか」を解決し、訓練は「できるか」を検証します。本ケースは「教育+2回の訓練」をセットで進めたからこそ、第2回でクリック率0%を実現できました。どちらか一方では、効果は半減します。
Q4:訓練のデータは公開されるのですか?
A:されません。当研究所が公開する訓練事例は、すべて匿名化しています。企業名も具体的人数も明かさず、割合と行動の特徴のみを紹介しています。データは、より多くの企業が「人的防衛線」の築き方を理解するためだけに使っています。
関連記事:本シリーズの前回《AI時代の盲点を突く標的型メール》(2026年5月)では、第1回訓練のデータと「人的防衛線」の構築の考え方を紹介しました。同じく2026年9月公開の《Outlook高リスク脆弱性CVE-2026-70329対策ガイド》は「添付ファイルとメールクライアント」という技術的な防衛線の側面から補完する内容です。あわせてご覧ください。
標的型攻撃メール訓練 & LMS研修のご相談
訓練の設計/実施/LMS導入/詳細レポート分析
日本語・中国語のバイリンガル対応 ・ 部門別・役職別のカスタマイズが可能
お電話/メールでのご相談を承ります | 営業時間 9:00–18:00(上海)
初回ご相談 ・ 現状診断は無料
お問い合わせ・現状診断のご予約はこちら
EZ-net@IT研究所 — 迅速 ・ 専門 ・ 安心 ・ 多言語
ITセキュリティは「支出」ではなく、未来を守る「投資」です!
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次